「ブリタニー・メイナード」のケース
(2014.11.19)

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1.ケース概要

2014年10月6日、オレゴン州在住のブリタニー・メイナードさん29歳女性は、11月1日に死ぬ予定であると公表し、実際、11月1日に、自宅の寝室で家族など親しい人々が見守るなか、医師より処方された薬物を服用して、穏やかに息を引き取った。
ブリタニー・メイナードさんは、非常に進行の早い脳腫瘍であるグリオブラストーマ(ステージⅣ)に罹り、数か月の予後であるとされていた。
彼女は亡くなる当日、フェイスブックに「愛する家族、友達よ、さようなら。世界は美しいところ。旅はいつも私の最良の教師だった」と書き込んでいた。彼女は、教育学の修士号をもち、ネパールの孤児院で勉強を教える等、世界中を旅していた。
彼女の公表の目的は、“Dying with Dignity movement 尊厳を保って死ぬこと”(*注;日本でいう尊厳死ではないので、あえて英語表記した)の社会運動に対して人々の意識を高めるためであった。“Dying with Dignity movement”とは、ターミナル疾患に罹り死期が迫っている患者に、いつ息を引き取るのかを自分で決めることができる権利を与えようという社会運動である。
彼女は、この運動を支える組織「Compassion & Choices共感と選択」のインタビューのなかで以下のように語っている。『結婚後すぐに、私の激しい頭痛は始まりました。そして、1月、ステージⅣのグリオブラストーマ脳腫瘍であると診断され、数か月の予後であると知らされました。』
また、People magazineという雑誌のインタビューでは、『私のグリオブラストーマは、私を殺そうとしています。でも、私は、それに対抗する手段を持ち合わせていません。私は、多くの専門医と、この病気のせいで私がどんな風に死んでいくのかを話し合いました。それは、私にとって本当に恐ろしいものでした。しかし、尊厳を保ったまま死んでいく方法を選択できることは、私の恐怖を和らげてくれました』と語った。
さまざまな選択肢について考えたり話し合ったりした後、ブリタニー・メイナードさんと夫は、カリフォルニア州サンフランシスコから、オレゴン州のポートランドに転居することを決めた。なぜなら、オレゴン州では、1997年に施行された“Death With Dignity Act (DWDA)” (*注;これも日本で云う尊厳死法ではないので、英語表記した) があるからだ(アメリカでは、州ごと法律が異なっている)。“Death With Dignity Act (DWDA)”とは、ターミナル疾患に罹り死期が迫っているオレゴン州在住の患者に、医師によって処方された致死薬を自分自身で服薬し、自らの命を絶つことを認める法律である。最新の統計では、1173名がDWDA法による致死薬の処方を受け、752名が自身で服薬し、死を選択したということである。DWDA法によって処方を受けるためには、意思能力があり、成人であり、オレゴン州に在住である必要がある。
さらに、People magazineのインタビューでは、“Suicide自殺”について、以下のように述べた。『私の内には、自殺したいとか、死にたいとかという気持ちは微塵もありません。私は生きたいのです。私は、私の病気を治す治療法を切望しています。しかし、それはないのです。』
このブリタニー・メイナードさんのケースは、“Aid in Dying movement” (*注;自殺幇助 Assisted Suicideと異なる概念であると考えている多くの人々がいるため、敢えて英語表記した)という社会運動 にスポットライトを当てている。“Aid in Dying movement”は、アメリカにおいては、次第に受容されてきており、2008年以降、ワシントン州・ベルモント州・モンタナ州・ニューメキシコ州において“Death With Dignity”に関する法律が議会を通過した。

以下、参考までに、DWDAの成立に関わり、DWDAの賛同者である、ある法律家の意見を記す。『この法律は、ターミナル疾患に罹り死期が迫っている人々に対して、残りの人生を生きていくための尊厳ある方法を提供しているのです。したがって、まず、このような終末期の患者が、その人にとっての可能な限りよいケアを受けており、そして、あらゆる選択肢について十分に考慮する機会が与えられることが前提です。
長年、終末期にある患者が死ぬことを手伝うと云うことは、非倫理的だと考えられてきました。そして、そのような患者の願望を受け入れた医師は、非難・阻害されてきました。つまり、“Euthanasia安楽死” “Assisted Suicide自殺幇助”という言葉が、恐怖を引き起こし、誤解を生んだのです。」
実は、学歴の高い人ほど、“Aid in Dying”あるいは“Death With Dignity”に対して、恐怖が少なく、不名誉なことだと思っていないと言われています。実際、このDWDAを使うように圧力がかかることはほとんどありません。重要なことは、この法律を使う資格のある人(意思能力・成人・オレゴン在住)には、だれでも選択肢として与えられるということです。
近年では、DWDAに対して、多くの賛同が得られるようになってきましたが、まだ、反対意見も多くあります。それらの反対をする人々は、この問題を、宗教上の問題、あるいは政治的信条の問題としているのです。しかし、このDWDAを使った人々の多様性をみれば、それは宗教や政治の問題とは関係ないことがわかります。[宗教;50%が宗教団体に属している、25%が宗教的考えあり][政治;41%が共和党支持、43%が民主党支持]
このように、DWDAは、宗教的・政治的な境界を越えて支持されています。これは、彼らが、何を信仰していようとも、関係なく、人々に心の安らぎを与える選択肢なのです。
また、DWDAの支持者は、“Death With Dignity”“Aid in Dying”は、“Suicide自殺”であるという考えに、強く反対しています。
自殺は、強いうつ状態にあり、身体は健康なのに、生きていたくない人がするものです。しかし、“Aid in Dying”は、精神疾患がなく意思能力があり、本人はできるならば生きていたいのだけれども、ターミナル疾患に罹り死期が迫っている患者が選択するものです。人々は、自暴自棄や絶望から“Aid in Dying”を選択するのではなく、自分の人生を自分で、最期までコントロールし続けたいから選択するのです。